釧路地方裁判所 平成9年(行ウ)3号 判決 2000年3月21日
主文
一 被告aは、東藻琴村に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告bに対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告aとの間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告aの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告bとの間においては、全部原告の負担とする。
四 この判決は、第一、三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、東藻琴村に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、東藻琴村村長であった被告aが、在職当時、村長の専決処分として行った、東藻琴村林産協同組合(以下「林協」という。)に対する違法な公金支出によって、同村に損害を与えたとして、同村の住民である原告が、被告a及び同村の助役であった被告bに対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき同村に代位して損害賠償を求めている住民訴訟である。
一 争いのない事実
1 当事者
原告は、αの住民であり、被告aは、後記専決処分当時、同村の村長の地位にあった者、被告bは、同様に同村の収入役(助役兼務)の地位にあった者である。
2 林協に対する公金支出
(一) 被告aは、平成八年八月二八日、地方自治法一七九条一項に基づく村長の専決処分(以下「本件専決処分」という。)として、東藻琴村から林協に対し、次の金員を貸し付けた(以下「本件公金支出」という。)。
(1) 貸付金の名目 林産協同組合緊急運転資金貸付金
(2) 貸付金の金額 五〇〇万円
(3) 返還年月日 平成九年三月三一日
(二) 被告aは、右専決処分による本件公金支出につき村議会に報告し、地方自治法一七九条三項に基づく承認を求めたが、不承認となった。
(三) 林協は、同年一二月二五日午後五時、釧路地方裁判所網走支部において破産宣告を受けた。
3 住民監査請求と監査結果
原告は、平成九年一月一六日、東藻琴村監査委員に対し、本件公金支出が違法であるとして、地方自治法二四二条一項に基づき、住民監査請求を行ったが、同年三月四日、右監査請求は棄却され、同月五日、原告はその旨の通知を受けた。
そこで、原告は、同年四月一日、本件訴えを提起した。
二 争点及び当事者の主張
本件の争点は、①本件公金支出の違法性、②被告らの責任及び③被告aの東藻琴村に対する代位返納により損害が補てんされたかどうかである。
1 本件公金支出の違法性
(原告の主張)
(一) 手続的違法
本件公金支出は、被告aの専決処分としてされたものであるが、専決処分の要件が欠けている。すなわち、本件公金支出は、原告を組合長とする東藻琴村森林組合(以下「森林組合」という。)の新執行部が、森林組合に対して村から交付される事業振興資金貸付金を林協へ融資するという、違法な「迂回」融資を認めなかったために、被告aにおいて、林協に直接融資しようと考えたが、右融資について、村議会の議決を得ることが困難な状況にあったため、専決処分の名の下に直接融資することを企て、故意に専決処分権限を濫用して行ったものである。
なお、被告らは、林協が森林組合から売掛代金の支払が受けられなかったために、本件公金支出に及んだと主張するが、これは森林組合と林協との取引上の問題でしかなく、東藻琴村において林協を擁護する必要性や緊急性を何ら基礎づけるものではない。
(二) 実体的違法
(1) 本件公金支出の法的根拠の欠如等
東藻琴村には、私企業たる林協に対し、直接融資ができる条例上の根拠及び地方自治法上の根拠がない。すなわち、同村には、事業振興のための資金貸付として森林組合に対する貸付けを認める事業振興資金貸付条例(以下「事業振興条例」という。)があるのみで、他に私企業に対する貸付けを認める条例は存在しない。
そもそも、地方自治体が、条例により貸付先や条件等を明文化して特定する以上、それ以外の貸付先や貸付条件を認めないことが当該条例の解釈上当然の帰結である。このことは、事業振興条例が、平成八年四月一日の改正により、貸付先につき従前の「組合等」から「組合」(森林組合のことを指す。)(同条例一条)と限定していることからもうかがえるところである。また、同条例は、融資の際の担保について、森林組合役員五名以上を連帯保証人に立てなければならない旨定めているのであって(同五条)、財務会計が行政庁により監督されている森林組合と異なり、全くの私企業で経営破綻状況にある林協に対して、森林組合に対する融資における前記担保基準を満たさない貸付けについて、条例が規制していないとは到底認められない。
仮に、前記条例が同条例に定められた森林組合以外の私企業に対する融資を全面的に禁ずるものではないとしても、被告aは、条例の解釈として、林協への直接融資はできないとの見解を示して運用してきたこと、本件公金支出が森林組合の再建をめぐる被告aの支持者をはじめとした旧役員と原告をはじめとする新役員との対立の下で、旧役員側の利害・利益を図ったものであること、村議会の賛成議決が得られないと見込まれていたこと等の事情からして、本件公金支出は著しく被告aの裁量権を逸脱したものである。
なお、地方自治法二三二条の二の「補助」とは、地方公共団体が特定の事業を促進・助成するために、相当の反対給付を受けることなく、その事業主体に対して金銭等(補助金)を交付することであり、いわば使途が限定された負担付贈与であると解されるところ、本件公金支出は、「貸付金」として交付されたものであって、前記補助金にはあたらない。
(2) 本件公金支出の公益上の必要性の欠如
林協は、理事長及び工場長が森林組合の役員及び職員から構成され、同組合からの経営指導を受け、その債務につき同組合の保証を受けるなど、同組合と実質的経営が同一の状態にあった。このような林協と森林組合との経営一体化の下、前記のとおり事業振興条例に基づいて東藻琴村から交付される貸付金を林協に対し違法に「迂回」融資し続けていた。しかも林協は、その設立当初から放漫経営による赤字で森林組合の資産に頼るという杜撰極まりない経営をしてきた結果、森林組合とともにその経営が破綻したものであったところ、本件公金支出は、かかる迂回融資でも支えられなくなった林協にさらに貸与したものであって、公益上の必要性は存在しない。
かえって、被告aが本件専決処分を行った目的は、同人やその後援者が森林組合や林協の北陸銀行等への借入債務について連帯保証していることから、林協及び森林組合の倒産による個人保証債務の履行を免れることにあった。なお、被告らは、原告をはじめとした森林組合の新役員が、林協を倒産させる目的で素材の供給停止等を行ったと主張するが、平成八年七月六日、新役員と林協理事長との間で経営改善計画の打ち合わせを行っているから、右主張は事実無根である。
(被告らの主張)
(一) 手続的違法の主張に対する反論
林協は、予定していた森林組合からの製材代金の支払を受けられなかったため、平成八年八月分の従業員の給与の金策に窮し、同年八月二四日、東藻琴村に対し、給与支払が不能に陥らざるを得ず、そうすると、工場の操業を停止し、従業員も解雇せざるを得なくなるとして緊急融資の要請を行った。被告aは、右要請を受けて、同村村長として、同月二五日、同村議会の正副議長、各常任委員長らを参集させて右要請に関する補正予算審議のための臨時議会開催の日程を協議したが、同議会議員一二名のうち、八名が同月二六日から九月六日まで海外研修に出るため、臨時議会を招集する暇がなく、議会開催が困難と考えられたため、緊急性があるものと判断し、同月二六日に平成八年度一般会計補正予算の専決処分をしたものであって、森林組合から林協への「迂回」融資ができなくなったために同処分をしたものではない。
(二) 実体的違法の主張に対する反論
(1) 法的根拠等について
本件公金支出は、予算制度上の貸付金に当たるところ、貸付金は、地方公共団体が公益上の必要により、特定の行政目的遂行のために貸し付ける経費で、貸付けに当たり必ずしも法令の規定、条例等の規定の根拠を必要としない。
原告は、地方公共団体である東藻琴村には私企業に対して資金貸付けをする法的根拠がなく、本件公金支出は地方自治法二三二条の二の「補助」にも該当しないと主張するが、同法は、貸付けや出資についても別段の禁止規定をおいているわけでもないから、同法には違反しない。また、原告は、本件公金支出が事業振興条例に違反すると主張するが、同条例は、事業振興上、森林組合に対する融資を条例として制度化したものに過ぎず、同条例が貸付先を制約するものとの解釈は、産業の振興、住民の福祉向上に臨機応変に対処していかなければならない行政機関の役割と相容れないものであり、公益上の必要性がある場合、個人、法人を問わず予算措置をとって貸付けを行うことは、条例の問題ではなく地方自治体の施策の選択判断によるべきものである。
(2) 本件公金支出の公共の必要性について
森林組合から林協への迂回融資の事実は否認する。すなわち、森林組合に対する条例に基づく融資と、林協に対する本件公金支出は、それぞれ異なる公益目的に向けられた融資である。
本件公金支出については、次のような公共の必要性があった。すなわち、林協は、α唯一の木材加工施設を所有し、村内カラマツ間伐材の加工製造を行って、同村の重要な基盤産業である地域林業の振興、村民の雇用の場として、ひいては同村の過疎定住対策上においても重要な役割を果たしてきた。ところが、林協は、平成元年以降の国内における林業の不況等から経営が悪化し、林協が森林組合の資金手当により運営されていたこともあって、森林組合も経営不振に陥ったため、両組合の再建のため、林協の現工場を存続して工場機械の一部入替えを検討し、森林組合が林協工場を取り込む内容の森林組合改善計画が策定され、平成八年三月二六日、森林組合総会において議決された。他方、東藻琴村議会において、同年六月二四日、林協の存続維持に関する陳情の採択がされるとともに、森林組合についても基本的に倒産させない方向で審議が継続され、同村においても、森林組合及び林協からの陳情を受け、林協の存続・再建につき、同村議会の産業建設常任委員会に付託し、特別委員会を設置するなど、存続の方針で審議が重ねていた。被告aは、前記のとおり、東藻琴村及び同村議会において林協を存続する方向で審議がされていたことや北海道林務部参事及び網走支庁経済部長からも林協の再建につき、村による支援の要請を受けていたことに加え、本件貸付けの使途が林協職員の人件費であり、人件費の手当がされずに工場が閉鎖に至れば、林協に多額の貸付けをしている森林組合はもちろんのこと、東藻琴村にも多大な影響を与えること、同村が林協職員の二か月に相当する給与を支援することにより、森林組合と林協との間の原木供給及び製材代金支払も正常化され、林協の操業継続が可能であると判断し、本件公金支出に至ったものである。林協が破綻したのは、原告が森林組合の理事長に就任し、総会で決議されていた森林組合経営改善計画を無視し、林協の経営を困難にするような素材の供給停止、素材代金の無理な回収、貸付地の通行禁止等の措置をとったことによる。
なお、原告は、被告aが、森林組合や林協の北陸銀行等の債務に関する連帯保証責任を免れるために本件専決処分をしたと主張するが、被告aは、森林組合の理事を辞した段階で同組合の保証から脱退しているのであって、個人保証責任を追及される立場にはなかった。
2 被告らの責任
(原告の主張)
(一) 被告aの責任
被告aは、東藻琴村村長として、実体的にも手続的にも違法である本件公金支出につき、これを行ってはならない職務上の義務があるにもかかわらず、本件公金支出を執行した結果、林協から貸付金の回収が困難となり、東藻琴村に五〇〇万円の損害を被らせた。
(二) 被告bの責任
被告bは、村収入役として違法な公金支出を制止すべき職務上の義務があるのにこれを怠り、被告aと共謀の上、本件公金支出を執行した結果、東藻琴村に前記損害を与えたものである。したがって、被告bは、被告aと連帯して村に与えた損害を賠償する義務がある。
(被告らの主張)
(一) 東藻琴村が譲渡担保として所有権の移転を受けているTCMホイルローダー(以下「本件担保物件」という。)の処分価格を超える金額について回収不能となり、損害が生じたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
(二) 東藻琴村は、地方自治法一六八条二項ただし書により、条例で収入役を置かずに、被告bが助役の地位とともに収入役の職務を兼掌している、助役兼収入役の地位にある被告bとしては、公金の支出が法及び規則上、法令違反及び予算に違反しない限り、支出を制限することはできないところ、本件公金支出にあっても、特別の公益上の必要性があるとして、貸付けの目的趣旨、経営状況、貸付金の使途、貸付条件、担保物件の提供、返済期日等の支出負担に関する関係資料を提示し、村長である被告aの本件専決処分により予算決定されたものであり、右決定には重大かつ明白な法令違反が見あたらなかった。そうすると、被告bにおいて、本件公金支出の執行を制限すべき義務はないというべきである。したがって、被告bに支出命令の執行に関し、法的責任はない。
3 損害の補てん
(被告らの主張)
被告aは、平成九年五月一六日、東藻琴村に対し、林協の名義で五〇〇万円及びこれに対する貸付日である平成八年八月二八日から平成九年五月一六日までの利息五万八九九三円を支払った。右弁済に関する法的構成は次の(一)(二)掲記のとおりである。被告aが同村に対して右金員を支払った結果、同村の林協に対する貸付金が消滅し、原告主張の損害も消滅している。その結果、同村は、平成九年八月二五日、林協の破産管財人に対し、被告aによる弁済がされた旨を届け出ており、破産手続上も問題はない。
なお、被告aの同村への前記弁済が、公職選挙法に違反するとの原告の主張は、否認ないし争う。
(一) 第三者の弁済
被告aは、平成八年一二月二四日、東藻琴村議会の意向を受けた同村議員団との間において、同村の林協に対する本件公金支出五〇〇万円に関して新年度予算までに返納するとのこと等を合意し、その旨の確認書(以下「本件確認書」という。)を作成した上、これに基づき、平成九年五月一六日、東藻琴村に対して、林協の名前で前記金員を支払った。なお、被告aは、右五〇〇万円の返納が林協の貸付けに対する返納であることから、支払名義を林協と表示したものであり、右支払は第三者の弁済であるが、東藻琴村から被告aが弁済するにあたり、反対の意思表示はなかった。
(二) 第三者のためにする契約
前記確認書による約定は、東藻琴村を受益者とし、同村議員団を要約者、被告aを諾約者とする第三者のためにする契約であり、被告aは右契約に基づいて同村に前記金員を支払ったものと解することができる。
(原告の主張)
被告aによる前記金員の支払は、次に述べるとおり、第三者の弁済及び第三者のためにする契約のいずれの構成によっても、その要件を欠くだけでなく、破産宣告を受けた林協の破産財団の処理の上でも問題がある。また、被告aは、東藻琴村村長として、平成八年一二月一九日、本件公金支出に関する同村と林協との消費貸借契約を解除した上、林協から同村へ譲渡担保として差し入れられていた本件担保物件を清算実行した後の残額を三六五万四五九四円とする処理手続をしていたのであって、約一三五万円について、その支払根拠が不明である。被告ら主張の法的構成についての問題は次のとおりである。
(一) 第三者の弁済
被告aの東藻琴村に対する前記金員の支払が、被告a名義でされたことは否認する。
前記金員の支払は、本訴提起後に、被告aが林協の名で行ったものであるから、第三者弁済の要件を欠くのみならず、いわば訴訟対策として弄されたものである。
(二) 第三者のためにする契約
被告aと、東藻琴村議員団あるいは同村との間に、第三者のためにする契約が成立したことは否認する。
そもそも、東藻琴村議員団なるものの法的性質が不明であるし、本件確約書は、議員全員の連署による被告a宛に提出した要請文書と解すべき性格のものであって、合意文書の性格を有するものでなく、せいぜい法的拘束力のない政治的合意を示したものに過ぎない。
(三) 弁済の無効
仮に、被告aが第三者の弁済により、自己名義あるいは林協名義で東藻琴村に弁済をしたとしても、右弁済は無効である。すなわち、公職選挙法によれば、公職の候補者等は、いかなる名義をもってするを問わず、寄附をしてはならない(同法一九九条の二第一項)とされ、右「寄附」とは、金銭、物品その他の財産上の利益の供与又は交付、その供与又は交付の約束で党費、会費、その他債務の履行としてなされるもの以外のものをいう(同法一七九条二項)とされている。右寄附行為は、地盤培養行為と結びつき、さらには買収などと結びつきやすいために、厳格に禁止され、罰則規定が設けられており(同法二四九条の二)、地方公共団体が法令に違反した事務処理を行った場合には、当該事務処理行為も無効とされる(地方自治法二条一五項、一六項)。そうすると、前記寄附行為の相手方が地方公共団体の場合には、当該行為は当然に無効というべきである。そして、被告aの東藻琴村に対する前記金員の支払は、無償行為であって、同村を相手方とした寄附行為に当たるものであるから、右金員の支払は違法であり、その弁済も無効である。
第三当裁判所の判断
一 争点1(本件公金支出の違法性)について
1 前記争いのない事実に証拠(甲第一、第四ないし第九号証、第一四ないし第三〇号証、第三二ないし第三六号証、第三八号証、第四一、第四二、第五三、第五九号証、乙第一一ないし第二五号証、第三二ないし第三五号証、[ただし、第三三、第三五号証については、後記信用できない部分を除く]、証人c、同d、同e、被告b[後記信用できない部分を除く]、同a[後記信用できない部分を除く])及び弁論の全趣旨を総合すると、本件公金支出がされるに至った経緯は次のとおりであると認められる。
(一) 林協の設立と操業開始
(1) αにおいては、林業が、農業に次ぐ中心的な産業のひとつであったことから、同村においては、かねてより村内の木材資源の付加価値を高めて地域林業の振興を図ることを企図していた。このような背景のもとに、森林組合は、昭和五八年、αの林業構造改革事業の一環として、国から補助金を得て同村にある中小の木材加工企業を統合して木材加工施設を創設することを決定し、同組合内にこれを担うべき林協の設立準備委員会を設けた。その構成は、森林組合のほか、村内の小規模な木材加工業者であった東和産業株式会社(以下「東和産業」という。)、西製材所(以下「西製材」という。)、西川建設株式会社製材部(以下「西川建設」という。)からなり、同委員会の準備委員長には村長であり、森林組合組合長も兼務していた被告aが就任した。被告aは、自ら林協設立のために関係業者及び森林組合の組合員の説得に努めるなど林協設立を積極的に推進し、昭和五九年に、前記森林組合、東和産業、西製材所、西川建設が各二五〇万円宛を出資する、資本金一〇〇〇万円の林協を中小企業協同組合法に基づき設立させるに至った。初代の理事長には西川建設の社長が就任し、操業開始からは東和産業代表取締役専務であったfが理事長に就任した。
(2) 林協の事業内容は、カラマツの素材を森林組合から買い入れ、製材及びチップに加工した上で、森林組合を通じて北海道森林組合連合会(以下「道森連」という。)に販売するというものであった。そのために木材加工場の建設が計画されていたが、林協自身には右建設に必要な資金力がなかったため、森林組合の土地を賃借し、国庫補助金一億五五〇〇万円、北海道の補助金二七五〇万円及び村の補助金五〇〇〇万円の注入を受けた上、不足財源は森林組合所有の土地を担保に供して株式会社北陸銀行(以下「北陸銀行」という)から五〇〇〇万円を借り入れて賄い、ようやく木材加工場を建設した。
(二) 林協の経営状況及び森林組合による援助
(1) 林協は、その設立当初から資金繰りがうまく行かず、昭和六〇年一二月一〇日には、二代目の理事長であった前記fが辞任するという事態に陥り、同日行われた森林組合の理事会(当時の組合長である被告aらの判断により秘密会となり、その内容は原告が組合長となって初めて組合員に明かされた。)において、①森林組合が林協の経営指導に当たること、②森林組合の執行役員より林協の理事長を選出すること、③工場長は森林組合の嘱託職員として林協に出向(甲第二一号証中の「執行」は「出向」の誤りと認められる。以下同じ。)させること、④林協の債務は一〇〇パーセント森林組合が負担すること、⑤林協の北陸銀行に対する債務につき、森林組合が借入金全額につき連帯保証人となること、⑥森林組合より林協への出向役員を三名増員することが決定され、森林組合と林協の役員の一体化が図られるとともに、林協の債務について、森林組合が、いわば全面的に支援する形となった。
(2) 森林組合に対しては、既に昭和五八年三月に、北海道知事から、検査の結果自己資本の額が森林組合財務の処理基準令の定める基準を下回ることが指摘されており、東藻琴村の事業振興条例に基づき毎年予算で定める額以内の範囲において低金利の貸付けが行われてきたところ、その額は、平成元年には三〇〇〇万円、同二年には三五〇〇万円、同三年には五〇〇〇万円、同四年から同八年までは各九〇〇〇万円に上っていた。そして右に述べたような森林組合と林協の一体化の流れの中で、森林組合から前渡金などの形で、林協の運転資金のために、平成元年、二年には各三〇〇〇万円、同三年から八年には各五〇〇〇万円の資金が回され、さらにこれ以外にも販売売掛金、未収金、立替金等の名目で処理された融資が行われていた。
しかしながら、林協の経営状態は、森林組合による右支援にも拘わらず、一向に改善されず、平成三年度以降は単年度決算でも毎年赤字を計上するようになり、平成七年度末には累積損失額は、約一億六二八六万一〇〇〇円に上っていた。
(3) 森林組合は、このような支援を行い続けたことにより、森林組合自らの財政状態にも悪影響を及ぼすこととなり、昭和五八年三月の北海道知事からの前記指摘を受けた後も、連年、網走支庁長や北海道知事によって行われる森林組合法に基づく検査において、その財務体質の改善を図るべく林協との関係についての改善を求められたり、固定化債権の保全回収についての改善措置が求められたりしていたが、右指摘に係る改善は進まず、平成七年一〇月ころには、前記のとおり累積赤字が好転することもない危機的な状況に陥っていた。そして、当時の村長であり、森林組合の組合長の立場にもあった被告aは、右の森林組合から林協に対する援助状況や右のような改善指導の存在を当然に知るべきであったし、知り得る立場にもあった。
(三) 本件公金支出直前の状況
(1) 森林組合は、前記のとおり、平成七年に北海道知事により行われた常例検査において、その経営健全化についての強い指導を受けたことから、網走支庁から林務課のg林務係長及びh主事、道森連からi総務部長及びj総務課長、林協理事長、森林組合からは組合長及び総務課長、さらに村からは助役、産業課長及び林務課長の参加も得て、平成八年から平成一七年までを策定期間とする森林組合経営改善計画(以下「本件改善計画」という。)を策定した。同計画においては、その基本方針として、組合員の利益保護を前提に村の助成によって森林組合が林協から加工施設を買い取り、森林組合事業として工場運営の合理化を図るとともに、林協から引き継ぐ内包欠損のうち村の助成によっては充当しきれない欠損額を組合員に明らかにした上で、各種事業の積極的な展開により計画期間内の欠損金解消を図るという方針が示されたが、その具体的な内容は、森林組合が林協木材工場を買収して森林組合が直営により木材工場を経営し、国庫補助の事業主体を林協から森林組合に変更することとし、さらに債務整理の方法として、東藻琴村から六五〇〇万円の補助金及び五五〇〇万円の木材工場改造資金の補助を受けるほか、森林組合所有の山林を一億円で同村に売却し、更に役員らに損失補てん金三五〇〇万円を支出させ、不足額は一〇年で償却するというものであった。
(2) 本件改善計画は、平成七年一一月二二日の森林組合の臨時総会に提案されたが、組合員の反発にあい、同日の総会では承認されず、翌平成八年三月二六日の森林組合の通常総会でようやく承認されたものの、森林組合役員は総辞職するに至った。そこで、同年六月二四日に開かれた臨時総会において新たな役員が選出され、同月二九日、原告が新たな理事長に選任された。原告ら森林組合の新役員は、森林組合及び林協の真実の財務状況を知ったことから、本件改善計画の見直しをする立場をとり、同年七月六日、東藻琴村役場会議室において、林協との間で行われた打合せにおいて、森林組合として林協の自助努力による経営改善を要求し、林協との間で①森林組合は、原木について、林協の希望する量を供給すること、②製品売上代金より消費原木代金を差し引き、月末締めの翌月払とすること、③売掛金の返済については考慮するので、減らす努力をすることを合意した。また、同月九日には、森林組合から林協に対し、森林組合からの役員の出向を見送る旨を通知した。
(3) 他方、東藻琴村議会は、平成八年六月二四日に開かれた平成八年度第二回定例会において、林協の工場長及び従業員らから出されていた林協の工場存続に関する陳情二件を採択する旨の決議をし、議会内に林業振興対策特別委員会を設置することとした。また林協からは、同年七月三一日付で、村長である被告aに対し、このままでは八月末にも経営破綻に陥ることになるので森林組合に対して本件改善計画を実行するよう行政指導されたい旨の文書による要請がされ、その文書において、併せて昭和六〇年一二月東和産業株式会社の脱退以来、林協の構成員は、森林組合と名義借り組合員によって組織を維持してきたが、網走支庁商工振興課からも名義借りによる協同組合維持の経過を含めて現在の執行体制は監督庁から解散命令を出すに十分な状況である旨の指摘を受けていることも伝えた。同日、被告aは、同b及びn産業課長出席の下、林協からの聴取りをしたところ、c理事長及びq工場長は、林協の運転資金が同月末で一三五万円余、同年八月末で四〇八万円余、同年九月末で三六九万円余の不足となり、森林組合との取引が正常であっても当面五五二万円余りの資金不足となるため、村の支援を要請した。また、林協は同年八月一二日、被告aに対し、再度文書によって、森林組合への働きかけを行って欲しい旨を要望した。
このような状況下で、被告aは、東藻琴村村長として、森林組合の新役員らに対し、事業振興条例に基づく森林組合の東藻琴村に対する既存の貸付金債務九一三五万円余についての連帯保証人となることを要求したが、原告を初めとする森林組合の新役員らは、従前の経営の失敗の責任を押し付けることになると考え、同年七月二七日にこれを不合理な要求として拒否する旨を回答し、更に、同年八月一三日付けで村長から再度された同様の要求についても拒否する旨の回答を行った。
(四) 本件公金支出の決定
(1) 同年八月に入ってからも、被告a、網走支庁、森林組合及び林協との間で個別的な協議が断続的に行われていたが、結論が出ずにいたところ、同月二三日、林協の理事長c及び前理事長mが村役場を訪れたことから、被告aは、同b、産業課長及び林務係長と共に応対し、cらから、森林組合から支払われるべき八月分の従業員の給与見合の売掛代金四〇〇万円の支払を受けられず、同月の従業員給与の支払ができないこと、また林協の運転資金として当面一〇〇〇万円が必要であり、村に援助してもらいたい旨の説明の要請を受けた。これに対し、被告aは、林協の経営維持存続のために議会委員長以上で一〇〇〇万円の補助金を出せるか協議することにしているが、村議会の決議がなければ貸付けは難しい旨を述べた。
(2) もっとも、被告aは、同月二六日から村会議員一二名のうち八名が海外研修に出ることとなっており、林協に対する補助の要否及び可否については、右議員らの帰村を待ってから審議したのでは間に合わないと考え、急遽同月二五日に役場応接室にk村議会議長、l同副議長、p総務常任委員長、d産業建設常任委員長、m議員を集め、林協の存続問題についての自身の意見を述べるとともに、議会の意向を打診することとした。
右会議は同日午後七時ころから午後一二時ころまで行われ、被告aから、経営不振と運転資金の行き詰まりに陥っている林協が従業員の給料を払うことができない状態であり、このままでは従業員の確保が困難となるおそれがあること、東藻琴村のような小さな自治体の中で、労働の場をなくしたくないことから緊急に公金で援助したい旨の意向が述べられたものの、具体的に右公金支出によってどのような直接効果及び波及効果が得られるかの分析が示されることはなかったし、それどころか、専決処分による公金支出はもちろん、どのような形で公金を支出し、その支出すべき金額を幾らとするかについても話し合われずにいた。結局、右会議に集った者の中には、林協の再建についての悲観的な見通しと公金支出の名目が立たないということから反対の意見を述べる者もいるなど、意見がまとまることはなく、少なくとも右会議において被告aの提案について積極的に支持するという結論が出ることはなかった。
(3) 被告aは、翌同月二六日、被告b及びn産業課長とともに、村の消防分署長室において、c林協理事長及びm林協監事から話を聞いた上で処置を検討し、①αの基幹産業の一つである林業の振興を図る上で同村内唯一の木材加工施設を有する林協を存続させることが不可欠であるところ、そのためには林協の従業員を就職させないようにするため、従業員給料の手当として五〇〇万円の支援が必要であること、また、②林協の維持が過疎村であるαの職場及び人の維持にも資すること、さらに、③経営困難な森林組合への援助救済にも影響すること等を考慮して、④林協と森林組合との間の関係改善や協力関係を期待し、林協の賃金支払のための資金として同月二八日に五〇〇万円を専決処分として貸し付けることを決定した。
(五) 本件公金支出の実施及び林協の倒産
被告aによる右専決処分の決断に基づき、n産業課長が貸付金の予算措置についての専決処分案を起案し、産業課長、林務課長、財政課長及び出納室出納係長の稟議を経て、助役決裁及び最終村長決裁を受けて予算措置がされ、同月二八日付けで東藻琴村が林協に対して五〇〇万円を弁済期・平成九年三月三一日、利率・年一・六五パーセントの約定で貸し付ける旨の契約書を作成の上、同日、本件公金支出が実行された。
被告aは、右貸付に際して担保の提供を受けることを指示することはなかったが、その後、被告bの指示で担保を徴することになり、当初は本件ホイルローダーの他、エノー式スパーリングバーカー及びその附属機器一式も担保として提供を受けることになっていたのが、決裁を経る過程で本件ホイルローダーのみを担保とすることに修正された。なお、本件ホイルローダーについては、売買契約書上、買主は林協と農協の連名となっているにもかかわらず、所有権が林協に属するものなのかどうかの点について村役場内部で確認が行われることはなかった。
その後、被告aは、右専決処分による本件公金支出につき、同年九月の村議会定例会に報告し、地方自治法一七九条三項に基づく承認を求めたが、不承認となった。また、林協は、平成八年一二月二五日午後五時、釧路地方裁判所網走支部において破産宣告を受けた。同破産手続における森林組合の届出債権額は、合計一億七八一八万を超えていた。
以上のとおり認められる。
なお、被告らは、右(二)における認定に反し、森林組合から林協に渡されていた資金は、通常の取引関係の中で渡されていた代金相当額である旨を主張し、被告bにおいて、それに沿う供述をし、陳述書(乙第三三号証)を提出する。しかしながら、前渡金などの名目で森林組合から林協に回されていた資金は、前記認定のとおり平成元年、二年には三〇〇〇万円、同三年から八年には各五〇〇〇万円にも上っていたのであって、その金額は甲第五号証から認められる林協の事業収益(単年度べースで平成元年は二億五九二一万七〇〇〇円、同二年は三億四九二万三〇〇〇円、同三年以降はすべて三億円未満である。)に照らし、あまりに過大であるし、前記認定のとおり、森林組合は、林協の債務について、いわば全面的に支援することを決定していたことに鑑みても、前記認定の前渡金等は、少なくとも、林協に資金面での便宜を与える目的で提供されたものと認めるのが相当であり、前記被告bの供述及び陳述書の内容は信用することができない。
また、被告らは、右(四)における認定に反し、平成八年八月二五日に役場応接室で行われた会議において、林協に対する公金支出はやむを得ないとのことで意見が一致した旨の供述をし、陳述書(乙第三三、第三五号証)を提出している。しかしながら、証拠(甲第四三ないし第五〇号証、証人d)及び弁論の全趣旨によれば、遅くとも平成八年三月に行われた村議会の定例会において、森林組合に対する林業振興貸付金の支出の当否がすでに問題とされており、その後の臨時会において村長である被告a自身が、林協に対する直接融資について否定的な見解を示していたこと、その後本件改善計画が森林組合内において承認されたとはいえ、議会内の情勢に特段の変化はなかったことが認められる。このような経緯に鑑みると、右被告b及び同aの供述や陳述書の内容は、証人dの証言に比し、信用できないものといわざるを得ず、何ら前記認定を左右するものではない。
2 手続的違法の点について
以上の認定事実を前提として、まず本件公金支出の手続的な適法性の点につき判断することとするが、まず、本件公金支出が地方自治法一七九条に定める専決処分の要件である「長において議会を招集する暇がないと認めるとき」に該当するものであるかどうかを検討する。
地方自治法一七九条に定める専決処分は、議会において議決すべき案件に関して、必要な議決又は決定が得られない場合において補充的手段として、普通地方公共団体の長に認められた権限であり、「長において議会を招集する暇がないと認めるとき」とは、絶対に議決又は決定をすることが不可能であることまでを要するものではなく、客観的状況から、当該事件が急施を要し、議会を招集してその議決を経て執行するのでは、その時期を失すると長において判断できる場合をいうと解される。そして、右の判断は長の裁量に属するものであるが、客観的に合理性が存在するものでなければならず、合理性を有しないと認められる場合には、専決処分の判断は、違法無効となるものである。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、被告らは、平成八年八月二三日になって、林協のc理事長から同月支払予定の従業員の給与支払ができず、同月末には危機的な状況となるので緊急的に援助をしてもらいたい旨の申入れを受けたが、既に同月二六日から議員の過半数に当たる八名が海外出張に出かける予定であったのであるから、そのような状況の下において、被告aが本案件につき急施を要し、議会を招集してその議決を経て執行するときには、その時期を失することになると判断したことは一応相当な判断であったと認めることができる。
また、右の融資要請がなされた経緯等にかんがみると、原告が主張するように、被告aにおいて、村議会との関係で林協に対する直接の融資が認められる可能性が低いことから、ことさら専決処分制度を濫用して公金支出を画策したという事実を認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件公金支出が手続的に違法であったとする原告の主張には理由がない。
3 実体的違法の点について
(一) 法的根拠について
原告は、東藻琴村には、私企業である林協に対し、直接融資ができる条例上の根拠及び地方自治法上の根拠がなく、本件公金支出は法的根拠を欠くものであって違法である旨主張するので検討するに、確かに、証拠(甲第三、第二五、第二六号証、乙第二七号証の一ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、東藻琴村には、森林組合を対象とする事業振興のための資金貸付を認める事業振興条例があるが、同条例を含めて他に私企業に対する貸付けを認める条例は存在しておらず、被告aにおいて、平成四年度第一回村議会において「今のところ林協に対して村が直接的に資金援助するというふうなことには、法令上ならない」旨の答弁をしていることが認められる。
しかしながら、住民生活の維持・向上に関する諸問題に対して迅速・適切に対応することを求められている普通地方公共団体において、特定の団体ないしは企業に対する貸付だけを認めて、それ以外の貸付けを全く禁ずるということ自体、十分な合理性を有するとは必ずしもいい難いところ、東藻琴村においては、事業振興条例があることをもって、特に他の貸付けが全く禁止されているものと解すべき必然性及び合理性はなく、事実、公益上の必要性のある場合に、森林組合以外の者に対する貸付けを行ったとしても、事業振興貸付条例に反するものではないと解される。
(二) 公益上の必要性について
(1) 前記認定事実によれば、本件公金支出は、予算費目上、貸付金として支出されたものと認められる。地方自治法二三二条の二は、「公益上の必要性」を要する場合として寄付や補助を挙示するが、貸付を明示しておらず、他方、地方自治法上の他の条文で「貸し付け」の用語が用いられていることから(同法二三八条の四、五)、貸付については、原則として同法二三二条の二は適用されないものと解される。しかしながら、債務者に対し、一般よりも有利な貸付が行われた場合には、当該貸付は同法二三二条の二にいう「補助」にあたるものと解すべきところ、前記認定及び後記説示するところによれば、本件貸付は、年一・六五パーセントと極めて低利で、しかも十分な担保を徴することなく実行されたものであるから、「有利な貸付」というべきであって、「補助」にあたるものと解するのが相当である。
そこで、本件公金支出の適法性について、本件公金支出が、同条に定める要件を充足していたか、すなわち、本件公金支出が「公益上の必要がある場合」であったか否かを検討する。
(2) ある公金支出が「公益上の必要がある場合」といえるかどうかの判断にあたっては、①当該公金支出の目的が当該普通地方公共団体にとっていかなる公益、すなわち当該地方公共団体の住民の利益に向けられたものであるのか、そして、②その支出によっていかなる効果がどの程度挙げられ、③その効果の内容及び程度が公金を支出するほど望ましいものであるか、という観点から検討を行うことになるが、そのような判断は、基本的には政治的判断の範疇にあるものであるから、当該地方公共団体の広範な裁量に属するものといわざるを得ず、純粋に経済的合理性の観点からのみ見るべきものではない。もっとも、広範な裁量権が認められるとはいっても、同条が公金支出の財源が当該地方公共団体の住民等が納付した税金であって、右住民等の便益のためにこそ用いられるべきことが当然の事理であることに地方自治法二条一三項の趣旨を併せ考慮すると、同法二三二条の二は、公金支出に裁量権があることを承認したものであるとはいえ、少なくとも、公益性又は必要性に欠けた無意味な支出までを適法なものとして承認するものではないと解するのが相当である。そして、このことに照らすならば、当該公金支出によって生じさせようとする効果が、全く公益性を有しないか、あるいは公益目的が存しても、当該公金支出の額に比較して達成される公益目的が皆無又は著しく僅少であるような場合には、このような公金支出は裁量権を逸脱したものとして違法となると考えられる。そこで、「公益上必要がある」といい得るためには、このことに加えて、公金支出時において、当該公金支出とそれによって期待される当該地方公共団体の住民の利益との間に具体的な因果関係(手段の相当性・合理性)が存在していることが必要であるというべきである。また、仮にこのような因果関係の判断を誤ったとしても、その誤判断について、やむを得ないと認めるべき相当な事情が存在することを必要とするものと解する。そして、本件のように、民間企業に対する公金支出を行う場合には、民間企業は、その存在が当該地域にとっていかに重要な役割を担っているとしても、本来当該企業において自律的な経営を統べきものであり、一般的にこのような民間企業に対する公金支出を行うことは、当該民間企業及びその従業員である住民とそうでない住民との間に不公平を生ずる恐れすらないとはいえないのであるから、当該公金支出と住民全体の福祉の向上との間の具体的な因果関係の存在につき、より慎重に論証される必要があるというべきである。
(3) これを本件についてみるに、たしかに、前記1認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件公金支出は、東藻琴村の基幹産業のひとつである林業の維持のために重要な企業である林協を存続させるという目的のもとにされたことが認められ、その目的自体には一応の公益性があるといい得る。
しかしながら、前記1認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、林協が貸付を受けた金員の使途は従業員の賃金支払とされており、設備投資等に向けられたものではなく、いわば現状維持を図るといったものであったこと、しかるに、その現状たるや、既に林協の経済的活動の中核となるべき工場は休業状態となるなど林協の財状状況は絶望的であり、仮に五〇〇万円の貸付を行っても林協を再建させるのは極めて困難な状況であったこと、また、被告aらがいう森林組合と林協との間の関係改善等の事情変化にしても、既に森林組合自体の経営基盤が破綻し、林協への多額の不良債権を抱え込むという状況下にあるということを踏まえた上で、森林組合の執行部は、その合理的な経営判断として、森林組合及び林協が各自の自助努力でその再建を図るべきであるとした本件改善計画の見直しを表明するなどしていたのであり、公金支出の当時において、林協再建に向けた具体的な構想についての関係者の共通の理解が形成されているとはいい難い状況であったこと、本件公金支出によってもたらされるべき目標については、抽象的に前記第三の一1(四)(3)掲記のとおりに考えていたのであり、前記説示のとおり公益性ある目的を有したことは否定できないが、更に進んで現実に本件公金支出によってもたらされる具体的な直接効果及び波及効果について被告aあるいは村議会内において具体的に検討した事実は全く窺うことができず、むしろ、単に当面の林協の資金繰りのためということだけで支出が決定されたことが認められる。そうすると、本件公金支出時において、本件公金支出と林協の再建さらには同村の林産業の維持発展との間の具体的な因果関係が論証されていたものとはとうてい認められない。この点について、被告らは、前記第三の一1(四)(3)掲記の判断の存在に加え、被告aにおいて平成八年九月を目途に林協を含む森林組合全体の再建計画を策定する予定であり、二か月間の従業員の給料を支援すれば、その間に森林組合との関係も改善され、林協の操業継続は可能となるはずであったから、公益上の必要が認められる旨を主張するが、前記認定のとおり、当時、森林組合及び林協共にその経営が破綻状態にあり、林協の財務状況はその存続を許すようなものではなかったこと、それ故に森林組合の新執行部は、林協に対しても自助努力による経営改善を求めている状況にあったのであって、被告らが主張するような楽観的な見通しを持ちうる状況になかったこと、そしてこのような状況は、東藻琴村の村長であり、従前森林組合や林協の経営に関与したり、情報を得ていた被告aにとっては、当然に把握していたか、把握すべき状況であったことは明らかである。結局、客観的にみるならば、本件公金支出は、単に林協従業員の給与の支払のためということでされたものであり、林協及び林協の従業員にとって当座の役に立つものであったとしても、それが林協の経営改善に役立ち、また地域経済に有意な波及効果を及ぼすものであったとはとうていいい難く、むしろ不毛な出費であったと評価せざるを得ない。また、被告aにおいて、真実、林協の経営改善や地域経済への有意な波及効果を信じたものであるとしても、その判断は、同被告の主張する公益目的を公金支出との間の因果関係について、全く不合理な判断をしたものであって、地方公共団体の長として付与された裁量権を適正に行使したものとはいえないのであって、しかも、そのような誤判断をしたことにつきしんしゃくすべき相当の事情も認められないといわざるを得ない。
なお、被告らが主張するように林協の従業員らによる林協存続に向けられた陳情を村議会において採択した事実、本件改善計画が森林組合内において承認されていた事実があったとしても、前記説示のとおり、公益上の必要性の判断は、公金支出時における当該公金支出と住民の福祉の向上との間の具体的な因果関係の有無によって決せられるものであるから、右各事情があるからといって、直ちに公益上の必要性が肯定されるものではないし、これが前記の誤判断をすることがやむを得なかったと認めるべき相当な事情となるべきものでもない。また、本件においては、他に公益上の必要性を認めるに足りる事情を窺わせる的確な証拠もない。
(4) よって、本件公金支出は、公益上の必要性を欠くものであって、違法であると認められる。
二 争点2(被告らの責任)について
(一) 東藻琴村の損害
前記一で認定したとおり、本件公金支出は違法なものであるが、これによって東藻琴村が受けた損害を算定するに当たっては、被告らにおいて、村が本件担保物件を譲渡担保として徴した上、実行しているのであるから、その処分価格の範囲内では損害は発生していない旨を主張するので、本件担保物件の取扱いを検討すべきことになる。ところが、証拠(甲第一三、第三九号証、乙第二六号証、証人e)によれば、本件担保物件については、林協及び東藻琴村農業協同組合が株式会社栗林商会から購入した旨の売買契約書が存在するように、その所有関係がはっきりしない上(ただし、右農業協同組合は、平成一〇年四月二日付書面で林協所有とする。)、甲第一三号証上に本件担保物件の残存額を一三四万五四〇六円とする記載があるが、その数額や現実の処分の可能性を示すに足りる的確な証拠は存在せず、かえって東藻琴村(産業課)は、産業課で本件担保物件の譲渡担保権の実行手続を執ったものの、その後、本件担保物件を村有財産の目録にも載せないまま、村の除雪センター内に置いていることが認められる。このような権利関係及び価値の状態である本件担保物件ホイルローダーに対して譲渡担保権を設定していたとしても、本件担保物件に一定の合理的な担保価値を認めることはできないといわざるを得ず、何ら本件公金支出による村の損害の額に影響を及ぼすものではないというべきである。
(二) 被告aの責任
前記争いのない事実及び叙上の認定事実によれば、被告aは、公益上の必要性がないにもかかかわらず、東藻琴村村長として、専決処分による本件公金支出を実行した結果、本件公金支出を実行した結果、林協からの貸付金の回収を困難にし、同村に五〇〇万円の損害を被らせたものである。
(三) 被告bの責任
前記争いのない事実等に証拠(甲第二号証、乙第三三、第三五号証、被告b、同a)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件公金支出当時、東藻琴村は、地方自治法一六八条二項ただし書の規定によって収入役を置かず、助役が収入役の職務を兼掌する条例によって、被告bが助役とともに収入役の職務も兼掌していたところ、収入役の権限については、東藻琴村会計規則により、債務負担行為についての事前協議並びに支出命令及び支出命令書の審査によって公金支出に関与するものとされているが、その関与の範囲ないし権限は、法令や予算との整合性や必要な書類の不備がないかなど形式的な事項を審査することに尽きるのであって、実質的な支出の当否について判断の上、村長の決定に容喙できるものではなかったこと、しかるに、本件公金支出は、公益上の必要性を欠き実体的には違法であったが、その支出につき財務会計法規上の義務に違反する手続上の違法はなかったことが認められる。このように、助役の財務会計上の行為につき、財務会計法規上の義務違反が認められない場合には、先行する原因行為である村長の行為に違法事由が存する場合であっても、右行為を前提としてされた助役の行為が当然に違法となるものではなく、右処分が著しく合理性を欠き、そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、助役か村長の行為を前提として、これに伴う予算措置を執っても違法とはならないというべきである。そして前記認定によれば、被告aの公金支出の決定につきこれが著しく合理性を欠き、そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するとまでいうことはできないから、被告bの支出行為は、職務上負担する財務会計上の義務に違反してされた違法なものということはできない。また、助役は、普通地方公共団体の長を補佐するものとされているが(地方自治法一六七条)、被告bが本件公金支出の決定に至る過程において、村長の補佐の任という助役の立場を越えて被告aの村長としての権限を擅断したものといい得るような重要な役割を演じたなどの特段の事情のない限り、最終決定権者である被告aの決定した公金支出行為について、これを制止し、あるいは推進しないように自制すべき法律上の義務を負う立場にあったものとすることもできないというべきであり、本件において、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告bには本件公金支出について義務違反の事実は認められず、原告の被告bに対する請求には理由がない。
三 争点3(損害の補てん)について
(一) 前記争いのない事実等に証拠(甲第一、第一一号証、乙第一、第二号証、第三号証の一ないし三、第四ないし第八号証、第三五号証、証人d、被告b、同a)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
(1) 被告aに対しては、本件公金支出後、平成八年九月二〇日の林協の工場の操業停止、同月開催の村議会における専決処分の補正予算についての不承認、同年一二月の林協の自己破産申立てと貸付金の回収の事実上の不可能といった一連の状況を経て、村議会議員らからの責任追及の声が上がるようになり、ついには、村議会議員一二名が連名で、別紙の内容の同年一二月二四日付で「確認書」(以下「本件確認書」という。)を作成呈示することとなり、被告aもこれに署名押印するに至った。
(2) 東藻琴村の監査委員も、本件公金支出を問題とする原告の、平成九年一月一六日付け住民監査請求を同年三月四日付で棄却したが、右決定の中において、本件公金支出による林協の貸付金に触れ、「林協が破産宣告を受けているが、村長において債権の回収に努められ、村に対して実質的損害を与えないよう努力されたい」旨の意見を付した。
(3) 被告aは、本件確約書中に設けられた、新年度予算までに林協に対する貸付金五〇〇万円を返納しないときには、村長を辞職する旨の記載を慮り、自ら五〇〇万円を返納することを考えるようになったが、公職選挙法上、村長が村に他人の債務を支払することになれば、問題があると考え、被告bを通じて弁護士に相談した上、五〇〇万円を村に返納することとした。このような被告aの意を受けて、o林務係長は、納入者名義を林協とする本件貸付金の返納に関する納入通知書(以下「本件納入通知書」という。)を作成した。そして、被告aは、平成九年五月一六日、右納入通知書と自らの預金の払戻請求書を網走信用金庫東藻琴村支店東藻琴村派出所の事務員に預けて処理を依頼し、同日、貸付金及び利息の合計額五〇五万八九九三円を村の未整理口座に納入し、納入者が林協となっている東藻琴村の領収証書の交付を受けた。
その後、被告bが、納入者は林協ではなく被告a個人であるから訂正するようにo林務係長に指示を出し、同年八月二五日付けで、納入者を被告aとする領収証書が再発行された。
(二) 被告aの支払の法的性質
右(一)で認定説示したところによれば、被告aの村に対する支払は、第三者である被告aにおいて林協の債務を弁済したものであると認められる。
なお、この点について、被告らは、本件確認書によって、被告aを諾約者、東藻琴村議員団を要約者とする第三者のためにする契約が成立し、被告aの支払は右契約に基づくものである旨を主張するけれども、そもそも東藻琴村議員団なるものの法的な性質が明らかでないのみならず、本件確認書の内容自体も、村長である被告aの政治責任を明確化し、追及するための政治文書たる性格を有するものというべきであって、これにより被告らの主張するごとき契約が法的に成立したものと認めることはできない。他方、原告は、被告aの返納後も借用証書や担保物件が村から被告aに引き渡されていないことや本件納入通知書及び領収証書の納入者名義も、林協とされていることを指摘して、被告aによる右支払は第三者弁済ではあり得ないし、仮にそうであっても、債権者たる東藻琴村及び債務者たる林協(破産管財人)の同意を得ていないから第三者弁済としての要件を欠くと主張する。しかしながら、そもそも本件貸付債務の内容が性質上第三者の弁済を許さないものと認めることはできないし、村及び林協(破産管財人)が被告aによる弁済に反対の意思を示した事実を認めるに足りる的確な証拠もない(借用証書や担保物件の村から被告aへの引渡は第三者弁済の要件ではないし、そのことをもって、反対の意思表示があったものと評価するにも足りない。)のであるから、本件弁済が第三者弁済となり得ず、当然にその弁済が無効であるとする右原告の主張も理由がない。
(三) 弁済の有効性
右のとおり、被告aによる村に対する支払は、第三者による林協の債務の弁済たる性格を有するものであるが、右弁済行為は、村を相手方とする無償の金銭の交付行為であって公職選挙法一九九条の二によって禁止されている公職の候補者等の「寄附」に該当し、違法であると解される。そうすると、地方自治法二条一五項、一六項により、東藻琴村の弁済受領行為は無効となると解され、東藻琴村に発生した前記損害については、被告aによる前記弁済によっても全くてん補されていないということになる。したがって、被告aは改めて東藻琴村に対して、自己の損害賠償債務を賠償する責任があるというべきである。
四 結論
以上のとおりであるから、原告の請求のうち、被告aに対し、金五〇〇万円及びこれに対する本件公金支出の日の翌日である平成八年八月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を東藻琴村に対して支払うように求める部分については理由があるが、被告bに対する請求については、理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 佐々木宗啓 裁判官 大須賀寛之)